家訓15か条と保科正之


保科正之は寛文8年(1668)4月11日、会津藩の「藩」の方針を決め、首席家老 田中正玄(たなか まさはる)を江戸屋敷に呼んでこれを授けました。これが「家訓15カ条」です。

以来、会津藩ではこれを藩是(はんぜ)とし、こと あるときは、これをよりどころとしさまざまな決断をしました。会津藩の精神的な柱といっても良いでしょう。
 
尚、誰が草案を作成したかについては、諸説あるようですが、保科正之と山崎闇斎が共同で作成したのではないかと考えられています。

毎年正月、学校奉行が読み上げ、藩主も家臣も座を降り正座して拝聴した。 第1条冒頭にある「大君」はタイクンと読み、天皇ではなく将軍を意味します。

保科正之が眠る 「土津神社(はにつじんじゃ)」

 

家訓15か条・全文




  1. 大君の義、一心大切に忠勤を存すべく、列国の例を以って自ら処するべからず。若しニ心を懐かば、則ち我が子孫に非ず、面々決して従うべからず。
  2. 武備は怠るべからず。士を選ぶを本とすべし。上下の分、乱るべからず。
  3. 兄を敬い、弟を愛すべし。
  4. 婦人女子の言、一切聞くべからず。
  5. 主を重んじ、法を畏るべし。
  6. 家中は風義を励むべし。
  7. 賄を行い、媚を求むべからず。
  8. 面々依怙贔屓すべからず。
  9. 士を選ぶに便辟便佞の者を取るべからず。
  10. 賞罰は家老の外、これに参知するべからず。若し出位の者あらば、これを厳格にすべし。
  11. 近侍の者をして、人の善悪を告げしむべからず。
  12. 政事は利害を以って道理を枉ぐべからず。僉議は私意を挟みて人言を拒むべからず。思う所を蔵せず、以ってこれを争うべし。甚だ相争うと雖も我意を介すべからず。
  13. 法を犯す者は宥すべからず。
  14. 社倉は民のためにこれを置き、永く利せんとするものなり。歳饑うれば即ち発出してこれを済うべし。これを他用すべからず。
  15. 若しその志を失い、遊楽を好み、驕奢を致し、士民をしてその所を失わしめば、即ち何の面目があって封印を戴き、土地を領せんや。必ず上表して蟄居すべし。


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